殺しのダンディ / JIMMY GIUFFRE

BGM : JIMMY GIUFFRE「FREE FALL」

Free Fall

Free Fall

ガラスをこする音が苦手なのですけれど、ジミー・ジェフリーの高温ひっかき系は、ぎりぎりセーフです。苦手でもぎりぎりなモノって、快感に繋がりやすいのでしょうか、このアルバムはとても好きです。ただ、聴くてへんに疲労します。

アンソニー・マンの遺作「殺しのダンディ」を見ました。前々から評判は聞いていたのですが、これほど面白いとは。日本でもDVD発売されて、ぜひ広く見られるようになって欲しいものです。

二重スパイの話です。英国情報局に勤めているローレンス・ハーヴェイ(タイトル通り、本当にダンディな二枚目で、ちょっと髪型リーゼントだけど、それを除けばファッションも完璧です)が、実はソ連とのダブル・スパイ。事務方のふりをしているのですが、イギリスの諜報員の暗殺に関与しているのです。しかし、二重スパイ生活に疲れたハーヴェイは、ソ連への帰国を望んでいます。そんなある日、二重スパイの暗殺の命が彼に下ります。自分自身を殺せという命令なのか、と混乱するハーヴェイ。しかし、殺せと命じられたのは、彼の仲間だったのでした…。

以下、ネタばれです。

1968年の映画で、冷戦真っ只中ではあるのですが、この映画は、既に疲弊してしまった二重スパイが主人公ですから、東と西といった対立でも、またそのどちらでもない強い個人が現れるのでもなくて、どこにも帰属できず、宙づりの存在としてスパイは現れます。ハーヴェイは、ソ連に帰ろうとするけれども、それは拒絶されてしまう。東ドイツの国境を強行突破するシーンでは、味方のはずの警備兵に威嚇射撃を受け立ちつくしてしまう。だから、彼は壁ひとつ隔てた向こうに彼にとっての自由があると知りながら、彼にとっては不自由な、西ベルリンという都市を、二重スパイ=自分自身を殺す命令を受けてさまよわなければならないのでした。そんなふうに彼が宙づりとなると同時に、彼が捉える彼を取り囲む世界そのものも、何一つ条理のない、手応えのないものへと変容していきます。それが、この作品の不気味さであり、豊かさだと思います。といっても、不条理の豊かさがどこまでも欲望のままに開いていくのではなく、唐突な死と行き止まりが無数に散らばり、権力の監視機構だけは働いている、そんな世界です。行き場のないにもかかわらず手応えもない、奇妙な閉塞感の持つ豊かな表情。それはおそらくリアルさでもあります。つまるところ、死に閉じこめられた円環の中にいる。この映画がレース場にスパイたちを一堂に集めたのは偶然ではなくて、同じ場所を猛スピードで回りながら無意味なしを撒き散らかすレースの、不条理の豊かさがこの映画のスパイたちにもっとも似つかわしかったからだと思うのでした。そして、最後には、当然の帰結とも言えるのでしょうけれど、ハーヴェイは死へと逃亡していくのでした。それは、レースでクラッシュした青い車が、コースの外へと、華々しくすっ飛ぶのではなく、猛スピードで、しかしだらしなく落ちるように転がっていく姿と、とてもよく似ていたと思います。

こうした映画を見ると、映画を見てきて、本当に良かったと思えます。私は私の必要から、私の閉じた世界を、こうしたリアルな豊かさで、彩っていかねばならないからです。抵抗も、しないと。