BUN「Hip Hop Complex」/ 松本次郎「フリージア」

本日のBGMはBUNによる「Hip Hop Complex (Compiled By Bun)」というコンピアルバムなのですが、amazonで検索してもまったくヒットしなかったので、ASINコードは割愛です。結構いいアルバムだけど、amazonさん、扱わないのでしょうか?聴いただけでは、まったく想像できなかったのですが、調べたら日本人アーティストでした。「想像できない」というあたりに、何か私の脇の甘さがあると感じます。考えてみれば、至極当然のこと。日本人が、尖った新しいHip Hopにアプローチできたからといって、何の不思議がありましょう。

不適切な言い方かもしれませんが、何か音の背景に奇妙な不安感のようなものを感じます。とても落ち着いた感触でありながら、禁欲とも異なる、暗さというか。一方で、すごく気持ち良く流れるようにも設計されていて、暗さと交じり合って、酔わせない気持ち良さのような時間が続きます。お酒を味わうときに、良いと同時に味に拘ること。例えば、そうですね、先日シングルモルトで「CAOL ILA」の、ちょっと変わったスモーキーなタイプのを、ショットバーで飲ませてくれたのですけれど、かなり気持ち良く酔っていたのですが、同時に、舌への刺激で、目が冴えていく的な、といった例え方は、やはりどこか逃げである気がします。

松本次郎「フリージア」を読みました。敵討ちが法制化された近未来(あるいはパラレルワールド)の日本で、敵討ち代行業を営む殺し屋の人々の物語です。攻撃されないためになるべく目立たぬように生きていたい、「平穏」で「正常」でありたい、、、という主人公ヒロシの「欲望」(生きながら消えていたい)の裏返しは、逆に自己を脅かすものを効率的に排除に通じています。他者を欲望の対象として殺すのではなく、自分の利益のために殺すのでもない、すべてを無理矢理「平穏」に押し込めるために、平然と他者を排除し続けるのです。しかし、他者をすべて排除して一人になりたいわけではありません。他者との関係も含めて自己であり、ヒロシは、それを変える気はないのです。身の回りの現実(恋人や、認知症の母親)との関係の中に、自分を置こうとしています。それが自然だからです。しかし、他者への欲望の欠落から、受け入れることはしても、求めることはしないため、絶えずそばにいる人間との接触不良を引き起こしもします。ヒロシにとって他者との関係は、まるで知識だけのことのようであり、恋人に愛しているといいながら、彼女でなくても、彼のそばにいれば、すべて自然に受け入れてしまいかねない不気味さをたたえているのです。

このコミックは、敵討ちが「アリ」な戦時下の世界という、設定を増幅装置として、いまの時代に合致する、どこか欲望を放棄してなお生きるような欲望の形を、過剰にして見せていると思います。重要なのは、引きこもりや、痛みを欲望に切り替えたりするのではなく、あくまで社会と折り合いをつけていこうとする部分、社会のなかに自分を配している部分です。そうしなければ、結局殺されるにしろ、生活できないにしろ、死ぬしかないからです。

ところで、欲望が困難な状況を無理矢理変質的な欲望に切り替えていくような方法、例えば「殺し屋1」とかではないかと思うのですが、それと「フリージア」が決定的に異なるのは、特に他者の扱いです。「殺し屋1」では、他者の欲望を、1というブラックホールが、変質した欲望で呑み込んでいく、そこでは他者の欲望は無視されるわけですが、「フリージア」では、世界に満ちている他者の欲望を測ること、そしてそれを無に帰すことが重視されます。他者が欲望から引き起こした出来事(殺人)を、敵討ちによってなかったことにする。それをヒロシは仕事にすることで、自分の居場所を確保する。世界が他者の欲望で満ちているから、非欲望的な欲望(?)が可能になる、と言えるのかもしれません。

しかし、他者との関係の中に身を置く以上、欲望には絶えず晒されるし、また欲望の本質を知りたくもなる(それが非欲望的な欲望、生きながら消え去ることであっても)ものともいえ、そこに矛盾が生じます。その矛盾が、(自分が殺した)死者たちとの自問自答が、生きている女性との対話と絶えず入れ替わっていくこのコミックの特性となっています。しかし、身をその矛盾の中に置くことによってしか、他者の欲望ははかれない。

「正義感」という欲望をだんだんと現実的に変質させながら生きていくヒロシの同僚の山田、あるいは、他者を狩ることこそを欲望とする、肉食獣のような、やはり同僚の溝口との対比と相関性が非常に丁寧に描かれることにも注目しなければなりません。「殺し屋1」が、より強い欲望を顕示しあう(結果、相互にナルシスティックな愛をぶつけ合いながら無視しあう)作品だとしたら、「フリージア」はより関係性の作品なのです。

フリージア 第1集 (IKKI COMICS)

フリージア 第1集 (IKKI COMICS)