清原なつの「千利休」/ Brian Wilson「Smile」

凡庸さは、油断すると、ただだらしなさとだけ結びついてしまうので、凡庸な人間が、何らかのものを獲得するためには、まず凡庸さを知るしかないのだなぁ、と思います。凡庸さを知る行為は、自己嫌悪とか、ネガティブなものとも隣り合いがちけれど、それだけではなくて、凡庸さを知り抵抗することや、自己に対してのものも含めた批判の中には、おおむね可能性があると思うのです。そして、安易に凡庸さを受け入れてしまうかどうか、それをよしとするかどうか、その姿勢一つで、例えば「輝ける青春」なんて言葉の意味も、まったく変わるのだと思うのでした。

個人的には、青春なんて黒く輝いてなんぼって気がします(笑)。

清原なつのの、りぼん時代の少女漫画、例えば「純情学園浪漫シリーズ」などが好きです。どっか緩くほどけながらも、クールに自分自身を見つめる視点。誰もが自分のことには気づけない痛ましさを、「無惨ね」と言い放つメガネの少女など、文芸部の副部長だったりするのだけど、どこかシンパシーを感じるキャラクターだったのでした。

その清原なつのが、「千利休」の漫画を書きました。

千利休

千利休

これは、かなり良い出来だと思います。誕生から死まで、独特の脱力系ユーモアで、こだわりのない駆け足で描いています。戦国時代という過剰な時代を舞台にしながら、歴史的なイベントも、一コマ二コマで描かれるだけだったり、場合によっては文字で説明されるだけで置き去りにされたりして、どんどん流されていきます。しかし、その素っ気なさとの対比の中で、求道者と人間、アートと政治の間で微妙な綱渡りをしている利休の「揺れ」のようなものに作者の意識は集中し、彼自身がそれに気付きながら生きている部分も含めて、一貫して描いているのです。求道者としての強さと人間的な弱さ。権勢欲も金銭欲もありながら、枯れた美意識を求める求道者でもあること。清原なつのにとって大事なのは、茶道の大家として彼の為した成果だけではなく、その揺れと、自ら揺れう自分を見つめる彼自身のクールさ(これはフィクションのようその濃いところだが)だと思います。

この漫画は、清原なつの自身がたびたび言及する、彼女の画力の問題もあって、千利休の世界のビジュアルを再現する気など、一切ありません。掛け軸に書いてあるものを、文字だけで説明してしまうような態度は、歴史の出来事同様、この漫画が千利休の世界を絵として再現するのではなく、情報として再現しようとしていたと思われるのです。利休が名を馳せるに従い、彼の判断で茶道具の価格が決まる、とか、織田信長が、坪や茶道具を恩賞の道具とすることで、政治の道具にしていくとか、そうした政治的・経済的価値の中に、様々な茶道具や、茶道そのものを配することで、やはり情報としての茶道を、美意識としての茶道以上に、描いていると言えます。しかし、そこで美意識が不在になるのでもありません。時には作者自身が「好きだ」とコメントしたりする、美しき茶道具への言及などは、美意識を情報として留めます。そしてその間で揺れる利休の態度は、視覚的に美意識に吸い寄せられたり、物語的に人間的な欲望に吸い寄せられたりするのではなく、そのどちらもが情報としての点に過ぎないので、ただ「揺れ」だけが漫画の中で現れるのです。そこに、漫画としての清原なつのの、面白さがあると感じます。「(絵を)見せる」のでも「(物語を)読ませる」のでもなく、その間にある漫画の可能性域だけを見せる、とでも言いますか。

…ところで。天才も、凡庸なる人間も、揺れながら生きている点では同じだし、その揺れの中で、先に進む力を見出すのも同じなのかもしれないですね。それでも、凡庸さは悲しいですが(笑)。

さらにところで…昨日の夜作ったお茶を飲んだら、おなかがおかしくなりました。苦しいです。そういえばもしかしたら、一昨日作ったお茶だったかもしれません。

仮想BGM : ブライアン・ウィルソン「Smile」

スマイル

スマイル

失われたはずのものが37年ぶりに完成したと言うよりは、37年の年月を経て再考・仮構されたアルバムなのだと思います。彷徨える亡霊の自分語り的なものと言いましょうか。「Smile」を作ると言うことは、どうしたって仮想されたもののダイジェストにしか成らないことを、これまで通り今回も証明した、ということなのではないか。それも自覚的に。そんな風に受け止めるのでした。

T6〜T10「Cabin Essence」〜「Surf's Up」の流れとか、好きですね。「Surf's Up」はアルバムのトリの曲ではなかったんだ、という素朴な発見。もしかしたらB面の最初だったってこと?それも不思議な気持ちですね。…とか書くと、「Smile」に対しての無知を晒すことになるのでしょうか?

本当のBGM : Camberwell Now「All's Well」

All's Well

All's Well

二度目の登場です。やっぱり素晴らしいです。チャールズ・ヘイワード(CHARLES HAYWARD)好きだなぁ。