オール電化 / Elvis Costello「Shipbuilding」

BGM : Elvis Costello & The Attractions「Punch the Clock」

Punch the Clock (Bonus CD) (Dlx)

Punch the Clock (Bonus CD) (Dlx)

定期的に耳にしていないと落ち着かない曲というのがあります。たとえばエルヴィス・コステロの「Shipbuilding」。ロバート・ワイアット版でも良いのですが、ワイアットの場合、アルバム全体を聴くのに対して、コステロの場合、「Punch the Clock」というアルバムを取り出しても、まずはこの曲を聴き、そして繰り返しこの曲を聴くという感じなのです。他の曲も、たとえばアルバムの冒頭を飾る「Let Them All Talk」などかなり好きだし、充実しているにも拘わらず、ですね。

楽曲の良さ、歌の良さは当然のこと、歌詞が大きいのだと思います。実に胸打つ歌詞なのです。第一次世界大戦直前のイギリスの、不況のただ中にある造船の町で、船造りが再開されそうだと噂する人々、そして戦場に向かおうとする若者たち、といった背景を、ごく少ない選び抜かれたとても美しい言葉で描き出しながら、貧しさの中で素朴な命への祈りを胸に生きている人々の呟きとして歌を響かせ、と同時に、やはり彼らが造る船は戦争のためのものだろうし、また多くの若者も死んだはずであり、そうした予感(いまとなっては歴史)も織り込まれているわけです。

また、曲や歌、歌詞だけではなく、この曲が私の中で響くのは、どこかでワイアット版と響きあいながら、そのずれがループを構築し、たとえばモノクロの映画の彩色版を見て、その2つの記憶があやふやになりながらぐるぐる巡るような心地よさを引き起こすから、ともいえそうです。そういえば、たしかこの曲は、ワイアットのためにコステロが書いたと、以前、人に聞かされたことがあります。コステロは、セルフカバーということになるのでしょうか。

唐突ですが最近、東京電力のCM「オール電化」シリーズの一つがかなり引っかかっています。いたいけな少年と、天然の美しい主婦のいけない感じがよい、とかではないですよ(笑)。いくつかバージョンのある中で、少年がチャーハンを作っている版があるのです。最初はよくわからなかったのですが、何かがおかしいと見るたびに感じてました。何回か見てわかったのですが、チャーハンの作り方がおかしかったんです。CMとしては、電気でもチャーハンが作れるくらい火力は強い、ガスよりも強いんだ、ということを言いたい。それはわかるのですが、とはいえ強い火力であっても、火ではないので、中華鍋をプレートから離せば意味がないわけです。そうすると、火で作るように鍋を揺すりながらチャーハンを作ることが出来ない。少年は、動かせない鍋に向かって、2本のしゃもじをごはんに突っ込んでは持ち上げ、かき混ぜながらチャーハンを作るしかないわけです。CMを見るとわかるのですが、この様子がかなり必死な感じなのですね。ぱっとみて、かなりの重労働だよなぁ、御飯も必要以上につぶれてしまいそうだなぁ、と、その少年とチャーハンがちょっと可哀相(?)になってきまして(笑)。必死で頑張っているのに、そのチャーハンが美味しいと、ビジュアル的に思えないのです。火で作ったものの方が美味しかろう、という古い既成概念が自分の中にもしかしたらあるのかもしれません。だから、受け手の問題かもしれませんけれど。いや、美味しいかまずいか、というのが問題ではないですね。一番の違和感は、何かを主張するための、どこか的がずれた滑稽な必死さを感じてしまうことです。いたたまれない、ということなのだと思います。