入江悠 / ZNR

「一番奥の歯は麻酔が効きづらいのですよ」とまずいわれました。そしてがつんがつんと麻酔を打ってもらったのです。舌が半分しびれて、実際はそんなこと無いと思うのですけれど、感覚がなくなると、舌の左半分がまるで口の中で膨らんで水を含んだスポンジみたいになっているように想像されるのです。そして治療がはじまります。よだれが垂れて仕方がないほど麻酔は効いているのに、激痛が走ります。「効いていないようですから、もう一本麻酔を打ちましょう」といって、もう一切の感覚が消えた口中の奥地に針が突き立てられるのですが、もうわずかな圧迫感でしか感じません。しかし、それでも、いざ治療がはじまると、激痛なのです。

ああ、神経というのは、一本の幹線道路だけが走っているのではなくて、そういえば無数に枝分かれした路地になっているのだ、と思い出しました。麻酔は、その路地のひとつひとつにブロックの番人を立てるのでしょうけれど、全部がふさぎきれないと、こうしていたいのかもしれない。この口の奥地の無数の路地が走っていて、更にその中に抜け道がある、という想像は、結構楽しくて、激痛がはしるときに、無意味に笑ってしまい、おそらく歯医者は不気味に思ったのではないかと思います。

それにしても痛かった。

抜け道らしいBGMということで、ZNRをセレクトしました。

BGM : ZNR「BARRICADE 3」

amazonで見つけられなかったので、Locus SolusのHPを参照のこと。

このアルバムは、とても好きです。抜け道っぽいといいましたけれど、たとえば迷路のようなものを思い浮かべたとしても壁は硬質なものではなくて、もうちょっと肉体的な柔らかさを帯びていて、しかも脱力に満ちていて、ぷにぷにぽわぽわな感じがたまらないのです。猫の肉球を触る的な楽しさが、世界に穴を開けていく感じ、とか、出ました、相変わらず、良く訳のわからない印象を書いています(笑)。ボーカル曲の「Solo Un Dia」とか愛おしい。キュートと不気味の中間の、しかしどちらであれ脱力の味わい深さです。

たとえば、吾妻ひでおの不条理ものをアニメ化したときの音楽とかに最適というか(笑)。いっそう混迷を深めますね。あ、月並みだけど、ルネ・ラルーのアニメにもあいそうです。本当に挿入されていそうな感じ。「ファンタスティック・プラネット」好きだなぁ。

ファンタスティック・プラネット [DVD]

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シネマ・ロサのレイトショー枠といえば、冨永昌敬をフィーチャーし続ける非常に貴重な枠ですから、そこで新しく紹介されるインディペンデント作家が居ると聞くと、とりあえず見ておこうという気になるのでした。入江悠という監督については、まったく予備知識を持たず劇場で4本の短編を拝見しました。以下、簡単にメモです。

「OBSESSION」 2002/14min/16mm
ある女子高校で、次第にエスカレートしていく「超共産主義研究会」と「宗教愛好会」の抗争を描いた作品です。ガスマスクに鉄バットを引きずりながら襲い来たる敵に、角材を持って立ち向かうシーンなどとても緊迫感があって、全体に(実はアクション映画を目指して作られてはいないのにもかかわらず)アクション映画としての演出が印象的な作品でした。

「行路Ⅰ」2005/11min/DV
冨永昌敬監督作の常連、杉山彦々が出演していました。背よりもずっと高い雪の壁が雪道を進む男女のあてどなさが、ラスト、レオス・カラックスの「汚れた血」に直接的にオマージュをささげながら、不可能な逃亡へとはばたいていくまでを描くのでした。

「黄昏家族」2005/16min/DV
またまた杉山彦々です。家庭内暴力でいったん家族を破壊した男が、ベーシストをあきらめて家に帰ってくる、その一夜の描写です。杉山彦々が凶暴さを振りまく回想の一瞬が印象的でした。

「SEVEN DRIVES」2003/24min/16mm
剣道のシーンで、やはりアクション描写のよさを感じさせます。ただ、少し長いとも感じました。

「OBSESSION」の暴力が、やはり一番魅力的でした。女優陣も、全体的などこか投げやりなだるさがよいです。