容疑者 室井慎次 / 羅針盤「はじまり」

BGM : 羅針盤「はじまり」

はじまり

はじまり

しんみり秋です。このアルバムだとT4「無限のうた」がとても好きです。あとはT7「あしたの箱」かなぁ。羅針盤の新譜「むすび」、まだ買っていないのでした。早く購入しないと…。その弾みとして聴いています。

 ※

昨日の日記で、「サマータイムマシンブルース」の話から「踊る大捜査線 THE MOVIE」シリーズの話へと、監督つながりで書きましたので、今日は「踊る大捜査線 THE MOVIE」シリーズの脚本家として知られる君塚良一監督・脚本の、「踊る…」シリーズからスピンアウトした「容疑者 室井慎次」について書きたいと思います。このスピンアウトのシリーズは、前作の「交渉人 真下正義」同様に、「踊る…」シリーズのおどけた中心としての青島(織田裕二)は最初から不在となっており、その時点で「踊る…」シリーズが全般的にもっていた保守的な権力の転倒的な維持継続という構図は破綻をきたします。なんせ、中心がいないわけですから。

そのため、「交渉人 真下正義」の真下(ユースケ・サンタマリア)は、フラットな情報の世界でひたすら検索を繰り返しながら、交渉といいつつも実は交渉ではなく(実際、交渉になっていない。互いに出し合う条件にさしたる意味はない事からもそれは明白です)、一種のゲームとして事件に臨み、情報をつなぎ合わせる行為に熱中し、情報から結論を導いたとしても結局相手それ自体は見失っていくのだと思います(あるいは、敵を追いかけていたはずなのに、結局すべては情報をめぐる自分自身だと気づく、とも言えるのかもしれません)。青島と室井という上下の2点から切り離されたことで、相対的な自身の立ち位置を見失っているのかもしれません。ただ、情報の海に滑り込んで行き、実体を見失うだけになってしまうのです。

容疑者 室井慎次」の場合は、2極の1点、室井(柳葉敏郎)が中心となるのですが、といってもユニークなのは、現場対権力、という構造が、室井自体が容疑者=現場そのものとなってしまうことで、転倒と癒着を引き起こすことです。ヒーロー青島が捜査するという流れであれば、物語は安定した構図、現場対権力という図式を取り戻すのですが、青島は不在とされており、たった一人室井は、(多少月並みとは思うのですが)底知れなく入り組んだ権力の闇が、愚かしく浅はかな闘争もそこに併せ持ちつつ広がっている世界に、いやおうなしに迷い込みます。その迷宮的な雰囲気を出すために、どこかコーエン兄弟の「バートン・フィンク」を思い起こさせるような演出が、この映画ではなされています。室井を訴えた暗がりの弁護師事務所、謎を秘めた女を追いかけていく夜の新宿の路地、権力者たちが裏取引をするやはり暗がりの部屋、裏のフィクサーと向き合う観覧車の中…そうした迷宮じみた場所を行ったりきたりしながらも、いっこうに謎は解けそうにないのです。

バートン・フィンク [DVD]

バートン・フィンク [DVD]

そして、シチュエーションはいよいよ奇妙さをまして行き、もっともナンセンスなクライマックス、室井と、室井が逮捕される事件の謎を解く女と、室井を訴え、かつその女を弁護する弁護士と、室井の弁護士と、現場の警官たちとが一堂に会して、女の尋問をする組織的にも法律的にもありえなさそうなシーンが現れます。ここに、室井=容疑者が、別の容疑者を尋問し、そもそも同時に二つの事件の弁護士が立ち会うという事態になり、誰が取り調べ、誰が弁護士、誰が容疑者なのかまったくわからない空間が出現します。そこから、うそのように解決が飛び出てくるのは、少し安易だとは思いますが、様々なものが癒着してしまい、入れ替わってしまった結果、何かひどく奇妙なものが出現し、右も左も上も下もわからなくなる、というのは面白いと思います。どこかカフカの「審判」とかをイメージしているのではないかとも感じました。いっそ室井が爆死してくれたら(あるいは爆殺されたら)、と夢想しながら見ていたのですが、残念ながらそうはならなかったですね。

審判 [DVD]

審判 [DVD]

以下、ネタばれです。

その「解決」は、実は巨大な負の中心として、「謎」ではなく単にすべてのすべての「元凶」だった女が、不気味に飛び出てくるという形でなされます。迷宮をさまよい続け、諸関係のすれ違いに耐えていくような映画は難しいのだろうと、やや落胆しつつも、その不気味さは結構面白かったです。しかし、結局は、なにか「おち」が必要だと思われているのでしょうね。そしてその落ちは、経路のでたらめさとは違い、何か正しい「印象」を与えるような、「金」だったり「悪女」だったりするのです。人権派の振りをした弁護士が、実はゲーム感覚の金儲けを目的としていた、という切り口もまた、この作家の好きそうなモチーフではありますね。私は、少し月並みに感じてならないのですが。

田中麗奈がとてもかわいいです。彼女が通り魔に顔を切られてプールに沈むショットとかも結構好きです。カメラワークは全般にすごく良かった。これはやはり黒沢清の「回路」のカメラマンでもあった林淳一郎氏の成果なのでしょうか。なお、カメラマンのクレジットには、さのてつろう氏の名も併記されていました。

回路 デラックス版 [DVD]

回路 デラックス版 [DVD]