「知られぬ人」/ Flanger

BGM : Flanger「Spirituals」

Spirituals

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試聴して気に入って購入してしまいました。アトム・ハート(Atom Heart)関係のCDで、彼とバーント・フリードマンって人のデュオ・ユニットらしいです。と、まるでアトム・ハートに詳しいかのように書いてますが、偉そうにいっても彼の作品は他に1枚しか手元にありません。まあ、それは気に入っているのですけれど。テイストはFlangerとだいぶ違いますが。

へんてこジャズです。ただ、月並みですけれど、音響的アプローチとスウィングジャズとの合体ぶりが、私の趣味規範にぴたっとはまるというか。T1の尖った始まり方に一番やられたのですが、比較的「聞き易い」曲も含めて、楽しいアルバムです。名作と言うよりも、なんというのでしょう、あると便利(?)という感じ。

ここに紹介がありました

 ※

トッド・ブラウニングが、ロン・チェイニーを主演に監督した「知られぬ人」原題"The Unknown"1927年)を、ロドルフ・ビュルジェとイヴ・ドルモワというフランスの2人のミュージシャンがライブで音楽をつけるシネコンサートに行ってきました。

音楽は、サイレント映画にありがちなピアノ音楽とかではなく、ラップトップから繰り出されるノイズに満ちたミニマルなサウンドに、二人のミュージシャンのエレキギターが絡んでいく、というもので、もちろんそれは、いま現在と、1927年のサイレント映画との間にある、時間的な隔たりに対して自覚的なものとなります。冒頭、フィルムのコマ送りのような音から始まるところからして、そうでしょう。目の前で35mmのプリントで上映された映像に対して、あえて、プリント=物質としての側面を強く意識させるコマ送りの音を、さらにゆがめたような音で再現する、そこには1927年に作られた「フィルム」に対する複雑な距離感が見て取れます。

しかし、そうした彼らの音楽的なスタンスは、映画と次第に溶け合っていく中で意識から消えて行き(その意味では彼らの音楽は、とても「成功」していると思うのですが)、映画としての凄さのほうに、意識が先鋭化していきます。

トッド・ブラウニングというと、ベラ・ルゴシの「魔神ドラキュラ」と「フリークス」のイメージです。しかし、なんとなく「怪奇的な題材の作家」としてしか認知できておらず、その2作は、それぞれの独立したインパクトとして記憶されていて、作家トッド・ブラウニングという統一したイメージは持っていなかったのでした。これは不明を恥じ入るばかりです。本作を見て、特に「フリークス」との強い関連性から、映画の本質、「常ならぬものを見る快楽」について、トッド・ブラウニングという「イントレランス」の助監督も果たした映画作家の重要性を、改めて感じたからです。

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ルイ・フイヤードの映画もそうですが、悪が、明確な視覚的存在として、(判りやすい特徴を帯び)そこにあること。それは、映画のオルタナティブな力が発動する条件の一つであるように思います。「フリークス」における身体障害者たちの恐怖は、映画において肯定となる、同様にロン・チェイニーのあの容貌も、映画において強い魅力を帯びるわけです。

以下、ネタばれです(増村保造「盲獣」のネタばれも)。

「知られぬ人」では、自らの犯罪暦を証拠立てる二股に分かれた左の親指を隠すため、両手がない振りをしていたロン・チェイニーが、両腕を持った男を愛せない美女(ジョーン・クロフォード)のために自ら両腕を切り落とし、ある意味、すすんで「怪物」*1になることで、映画において、悪と愛の両方を視覚的に体現する存在になるといえます。同様に、愛の反転の憎しみによって、「フリークス」のラストでは美女が「怪物」に作り変えられてしまいます。そうした出来事は悲劇的な結末として描かれているにもかかわらず、一方でそうした「怪物」たちこそが、アメリカ映画史において、ティム・バートンの映画(やはりここで思い起こすべきは「シザーハンズ」でしょう)などに連なっていくわけですから、むしろ肯定(映画の可能性)を、そこに見出すべきなのだと思います。

日本の映画監督で言うと、増村保造「盲獣」なども思い出しました。次第に盲獣との愛に目覚めていく緑魔子が、「次第に、自然と」視覚をなくし、自ら望んで愛のために体を切断されることを望む、江戸川乱歩の原作にはない愛の物語は、つまりトッド・ブラウニングにも連なる映画の水脈が吹き出ている(吹き出てしまった)ポイントなのかもしれません。あるいは「刺青(いれずみ)」の、若尾文子の背中にうごめく女郎蜘蛛を思い起こしても良いのかもしれません。

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話を「知られぬ人」に戻すと、そこにおける「怪物」、ロン・チェイニーが、実際に繰り広げる足技は、とても素晴らしいのです。ナイフを投げる、ライフルを撃つ、タバコをすう、目頭を押さえる…それらの動きの、ごく自然で、滑らかで、それでいて過剰な運動のひとつひとつ。そこでは、むしろ隠された両手の存在こそが、余分に見えるかのようです。だとしたら、両手を切り落とし、しかしトラウマから開放され、心の美しい力持ちの青年と結ばれるヒロインへの愛と嫉妬に狂うロン・チェイニーは、その狂気もあわせて、一つの(映画的)完成へと向かっていった、とさえ言えるのです。

*1:あえて、いわゆる「不適切な」表現を用います。