乱歩地獄 / 乱歩地獄OST

江戸川乱歩の4つの小説を映像化したオムニバス作品「乱歩地獄」を見ました。BGMはそのOSTです。

乱歩地獄 オリジナル・サウンドトラック

乱歩地獄 オリジナル・サウンドトラック

4作をデータ的に整理すると、第1話「火星の運河」(監督:竹内スグル、出演:浅野忠信)/第2話「鏡地獄」(監督:実相寺昭雄、出演:成宮寛貴浅野忠信明智小五郎)/第3話「芋虫」(監督:佐藤寿保、出演:松田龍平怪人二十面相、岡元夕起子、大森南朋浅野忠信明智小五郎)/第4話「蟲」(監督:カネコアツシ、出演:浅野忠信緒川たまき)という感じでしょうか(個人的に注目している韓英恵の出演シーンはごくわずかでがっくり)。

第1話は、浅野忠信が尻だし裸体でアイスランドの草もない土地の上をふらふらと歩き、池にたどり着き、水を覗き込むと、そこに彼が殺した(?)恋人の姿が映り、錯乱する、という話だと思うのですが、原作を読んでいないのと、抽象的な映像&台詞なしにつき、よくわかりませんでした。竹内スグル監督としては、フィリップ・ガレルの「内なる傷痕」あたりを意識したのかなぁ、と想像します(映像的には)。ただ、水=鏡に映った自己像と殺した恋人のイメージを重ねあわせ、反響させながら、錯乱する、というスウィートな狂気と、人間関係のひりひりした生の感触こそが痛みとなるガレルとはだいぶ異なるので、一緒にしてはいけないのかもしれませんが。フリドリック・トール・フリドリクソンの「春にして君を思う」とかも思い出します。アイスランドという土地の、光がもつ力ってことなのでしょうか。

内なる傷痕 [DVD]

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春にして君を想う [DVD]

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本当は20分とか30分とか、時間に耐えてあえて見せるくらいの凶暴さがないと、単なる映像のインパクトで終わってしまう作品で、実際そうなってしまっていると感じます。ただ、とはいえアレキサンドル・ソクーロフのように映画を作ることは、日本では許されないでしょう。竹内スグルという作家が、それを求めていたかどうか、ということもあるでしょうが、それはこの短い作品からは図れないのでした(ソクーロフのDVDってあまり出ていないことが判明。「ファザー、サン」とか「精神の声」とか出ないかなぁ)。

エルミタージュ幻想 [DVD]

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「鏡地獄」は、実相寺監督らしい、鏡を多用した凝った映像と、成宮君の美しさが印象的でした。端正な顔だなぁ。浅野忠信明智小五郎というのは、ちょっとサプライズな配役。それは明智小五郎という江戸川乱歩が作り上げた探偵は、本質的には空虚さを帯びた、事件を解決するというよりも、殺人者たちの異常な欲望を批評・解説するようなポジションに置かれている探偵で、一種美術評論家的なところがあり、生々しい身体性を帯びた浅野忠信だと「中身が詰まりすぎ」な感じがするからでしょう。もっと、空虚な記号として、演じられる俳優でないといけない。

ただ、このオムニバス映画において明智小五郎浅野忠信は、佐藤寿保監督の「芋虫」でも現れるのだけれど、怪人二十面相を演じる松田龍平と、それを見つめる明智小五郎浅野忠信が、探偵と犯罪者という関係でありながら、同時に同じ存在である(明智小五郎の覗くオペラグラスの向こうの怪人二十面相が、一瞬、明智小五郎浅野忠信の姿に切り替わるカットが存在する)、言い換えると、同じ欲望を生きている、という転換がなされることで、むしろ、犯罪者・明智小五郎が現れる(積極的に犯人に加担し、犯罪を芸術化する)が現れるという言い方も出来ますから、そこまで行けば浅野忠信明智小五郎でも許されるのかもしれません。「鏡地獄」でも、鏡張りの球体に入りたい、という欲望は、犯人=成宮寛貴明智小五郎浅野忠信共通のものでありました。

ただ、それは表層的にはどこまでも隠されていないと、推理モノとして成立しなくなってしまうので、佐藤寿保監督は、その作品のラストにだけ、明智小五郎浅野忠信を登場させた、とも感じます。逆に、実相寺監督は、その鏡の氾濫する映像の中で、徹頭徹尾、犯人と探偵の境界をなくしていく、そのための明智小五郎浅野忠信だったのかもしれません。

以下、ネタばれです。

さて、本作で、一番面白かったのはカネコアツシの「蟲」です。これは、しかし実相寺監督や佐藤監督が、乱歩の美意識の世界を映像化しようとしていたのに対し、乱歩を土台に、まったく別の、自分の問題系の作品を作ろうとした、といえそうです。異常な潔癖と対人恐怖症の主人公、というのは、いかにも乱歩ですが、彼が見出す、死美人への愛が、カネコアツシの演出によると、閉ざされた美意識の世界というよりも、神経症的な気持ち悪さや痛い勘違いに満ちた、いたたまれない世界となって現れるのでした。洗濯機のノイズ、無言の呟きを続ける皮膚科医、不気味に膨らんだ腐乱死体…。鮮やかな原色に満ちた夢の世界を、死者と共に満喫している浅野忠信=犯人が、自身の欲望の投影した世界から不意に目が覚める/覚まされるラストに集約されていきます。腐乱死体の不気味さもそうですが、それが激しい臭気を放っていたために、彼は逮捕され、死体の腹に突っ込んでいた頭を引き抜かれてしまう(ぬぽん、と間の抜けた音がする)。振り返ると、ガスマスクをかぶった警官がいるのです。その現実的な身振りをした現実の侵入と、そうした現実の介入によるアレルギー的苛立ち(首筋に出来た皮膚のただれを、浅野忠信は、生きている現実の人と触れ合ったりかかわったりするたびに、激しくかきむしる)にこそカネコアツシの演出の重点が置かれています。乱歩の世界に、現代を介入させることで、二重の腐臭に満たしていく試み、といえましょうか。しかし、それとて閉ざされた世界のイメージに違いない、といえてしまう弱さはあって、これは漫画家カネコアツシの可能性にも通じていくのかもしれません。閉ざしてしまわないために、謎をどんどんインフレさせていく「SOIL」を見ると、カネコアツシは、自覚的に、その自身の閉鎖域にアプローチしているのではないかと思います。

バンビ (1) (Beam comix)

バンビ (1) (Beam comix)

SOIL 1 (Beam comix)

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さて、この映画、サウンドトラックがかなり良くて、「火星の運河」も、音の良さでだいぶ得をしていると思うのですが、クレジットを見たら、池田亮二が参加してました。納得。「芋虫」は大友良英による音楽でしたし、エンディングはゆらゆら帝国と、私的には、納得の面子です。サイコアイ(塚本サイコ&Olaibi Ai)はこれまでまったく聴いていなかったのですが、そっか、Olaibi Ai はooiooの方なのね。不勉強な自分。

いきなり関係ないけれど、塚本サイコさんがオーナーをされているDESSERT COMPANYって行ってみたいなぁ。