喫茶ロック エキスポ アンド ソフトロック編 / NANA

NANA」の最新刊、14巻を読みました。

NANA―ナナ― 14 (りぼんマスコットコミックス)

NANA―ナナ― 14 (りぼんマスコットコミックス)

欲望は、そこにある。しかし、どこに向かっているかわからない。対象はきらびやかに複数存在するから、とりあえずとっかえひっかえには困らない。けれど、それをしている間に、余計なにをしているのかわからなくなる。そうした潜在的な欲望の混乱を、微妙に加味されたリアルさに、ファッショナブルでかつ夢物語な要素をブレンドした物語の中で、走らせる。そんなマンガかなぁ。

実は、ほんとうには誰が好きかなんて、ナンセンスな質問なのかも。そんなの、結果論でしかない!とかね(笑)

ちなみに、私は、ヤスとノブがお気に入り(笑)。

BGM : 「喫茶ロック エキスポ アンド ソフトロック編」

喫茶ロック ~エキスポ アンド ソフトロック編

喫茶ロック ~エキスポ アンド ソフトロック編

  • アーティスト: オムニバス,Kとブルンネン,森山良子,ヤング・タウン・シンガーズ,牧玲子とフォーセインツ,西玲子,マイク真木,男と女,サード・ハード・オーケストラ,六文銭,ザ・スリー
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2002/06/26
  • メディア: CD
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ザ・スリーの「新しい明日」って曲がすごく好きです。冨田勲の「EXPO'70 東芝IHI館のテーマ」もへんてこりんな曲。ああ、冨田勲の「飢餓海峡のテーマ」が聴きたい!CD手元にないのだよねー。NOVOの「白い森」って曲もいい。1970年代初頭の音楽の心地よさ。ノスタルジックなテイストを思わず楽しんでしまうというのもあるけれど、やはり、音、歌の調和に対する配慮の心地よさや、ポップなメロディや、知的なアレンジなどなど、ただただクオリティが高いと思うのです。ザ・キャラクターズの「ラブ・サウンズ」とかも最高ですよ!男女混声のグループなんだけど。

Individual Orchestra / タモリ倶楽部

田中フミヤの変名プロジェクト「Individual Orchestra」は、かなりの愛聴盤。私は、盛り上げられることとか、あまり好きではなく、とはいえ、盛り上がるときには果てしなく盛り上がるけれど、それはともかく、比べれば、クールさと、クールさに同居するざわつくとか、ゆれるとか、震えるとか、そういう細やかな危うさにより強く惹かれやすい特性があって、田中フミヤがこのアルバムでみせるクールさは、なかなかそうした私の要望にマッチするものなのです。

karafuto presents individual orchestra

karafuto presents individual orchestra

危うさ、といっても、このアルバムにあるのは、音が音自体を解体したり何かを破壊したりといった態度ではなくて…ある種のクールなスタイルが達成されたあと、その達成がぎりぎりの縁に立っている感じで、よくわからないけれど、その向こうは深い奈落があるという感じです(ひどく抽象的)。しかしその縁で無事に立ち、その縁を安全地帯に戻らずに歩み、揺れもせず進む技術を伴っている、という危うさです。緊張感といってもいいものだと思います。

さっきまで「タモリ倶楽部」を見ていました。

以前友人が、最近のお笑いは、テレビ通して視聴者を楽しませるのではなく、テレビで自分たちが楽しんでいるのを見せているだけ、という話を否定的なニュアンスでしていたのを覚えています。言い換えると、そこでの笑いは、おそらく閉じたものとなり、他者がないものとなる、それではつまらない、ということではないでしょうか。なぜなら閉じた自分たちの遊び空間を見せる、というとき、それは、どう見せるか、ということも頭の片隅に置かれた上で、遊ばれる。つまり、見られる上で、やってはいけないこととかがあり、それを芸人たちは良く知っている。つまり暗黙のルールがあって、それを侵犯する振りをしてしない、遊びの連続しかそこにはないからです。テレビの向こうという他者に向けての笑いは、顔の見えない他者に向かう分、もう少し違う可能性を帯びているとも思います。

しかし、その閉じた感触が、どこまでも無意味なくだらなさを帯び、それをただただ続けるとなると、だいぶ違ってくるようです。それが「タモリ倶楽部」だと思います。みんなで集まって、はんだごてをすることにどれほどの意味があるというのでしょう。しかし、それを30分続ける。その無意味さを、わずかなトークの盛り上がりだけで、支えていく。変化は、途中で差し込まれる「空耳アワー」だけ。しかし、それとて、毎週、金太郎飴のように続く、同じ出来事の微細な繰り返しが、何年も何年も続く、そういう時間を巡る遊びになっているのです。

小沢健二 / アル・グリーン / クリスマス・ソング

そういえば、クリスマスがもうすぐです。不幸にも、キリスト教徒ではない私には関係のない日ですが、2つの意味で恩恵を受けてはいます。ひとつは、ケーキをたらふく食べて罪悪感を感じない日として重要であり、もう一つはクリスマス・ソングという素敵なジャンルを可能としていることです。あらゆる音楽のジャンルを横断しうる、無条件な幸福の存在を前提としたクリスマス・ソングという「ジャンル」が、良くも悪くも力を帯びること。祝祭の幻想が奇跡的な実体を、歌として得ること。そんなところから、理想とかね、自分にとって一番心地よいものとかを、見出すのは、それはそれで自然だと思うのです。ただ、それがどれほど美しくても、溺れてはいけないわけで、その意味でも無神論者のクリスマスはなかなか有効かもしれません。

そんなわけで小沢健二の「LIFE」を聴いています。名曲揃いですねー。T1「愛し愛されて生きるのさ」は、理想を巡る遠大な夢と日常とのスパイラルなイメージをメロディに織り込んだ、クリスマス・ソングじゃないけどクリスマス・ソング的な名曲。T5「ドアをノックするのは誰だ?」ははっきりとクリスマス・ソングですね。T6「今夜はブギー・バック」もこのアルバムに収録なのね。懐かしい。ああ、T3「東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー」も好きだなぁ。カラオケ行きたい(笑)

LIFE

LIFE

ただ、キリスト教徒でもないのに、教会で結婚式とか、よくわからないですけれどね。コスプレじゃん(笑)。無自覚なコスプレなんて、ろくでもない気がする。

I Get Joy

I Get Joy

そして、なんとなくアル・グリーン

THE CITY / SPRING / 日活ロマンポルノ

BGM : THE CITY「NOW THAT EVERYTHING'S BEEN SAID」

Now That Everything's Been Said

Now That Everything's Been Said

キャロル・キングがチャールズ・ラーキー、ダニー・クーチとともに作り上げたアルバム。1曲目の「Snow Qween」が久しぶりに聴きたくて、かけてみました。いやー、いい曲だね。さすがキャロル・キングだ(笑)ライナーノーツを広げたら、小西康陽さんでした。納得。T3のタイトル曲も良いし。あ、SPRINGも聴きたくなってきた。小西さんも書いているのだけど、タイトル曲をカバーしていたはず。手元にあったはずだけど…

Spring...Plus

Spring...Plus

これだこれだ。ブライアン・ウィルソンの奥さんと、その妹さんのアルバム。プロデュースは、ブライアン・ウィルソンブライアン・ウィルソンの作曲もたくさん。ああ、こっちの方が、好きかも(笑)なんか、力が抜けていく。

久しぶりに日活ロマンポルノ館に行ってみたら、だいぶまとめてDVDが出たのですね。油断してました。10月に発売されていた小沼勝の「OL官能日記 あア!私の中で」とか、メチャクチャ好きな映画です。

ひよこひよこ、ですね。美しく切なく痛い、青春映画。

12月発売の作品は、もっともっと好きな作品が。神代辰巳監督作が2作、曽根中生監督作が2作、田中登監督作が3作、浦山桐郎監督作は、小沼勝監督作もあって、おお、贅沢!って感じです。神代辰巳の「悶絶!!どんでん返し」は最高傑作のひとつだと思う。また、失敗作という人もいる「鍵」も、私はかなり好き。あの奇妙な軽やかさは尋常でない。曽根中生は、メロドラマの大傑作「天使のはらわた 赤い教室」が私の人生の1本なんですけれど、今回は「昭和おんなみち 裸性門」と「○秘極楽紅弁天」がDVD化。どっちも見ていないので、この機に見なければ!田中登は「実録 阿部定」がDVD化。しっとり狂う。

悶絶!!どんでん返し [DVD]

悶絶!!どんでん返し [DVD]

鍵 [DVD]

鍵 [DVD]

(秘)極楽紅弁天 [DVD]

(秘)極楽紅弁天 [DVD]

実録 阿部定 [DVD]

実録 阿部定 [DVD]

THIS HEAT

映画をちょっと見ないだけで、話題が無くなるのはかなり深刻ですが、実際そうなのだから、仕方がありません。

BGM : THIS HEAT「DECEIT」

Deceit

Deceit

考えてみると、チャールズ・ヘイワード好きだーとかいいながら、手元にある彼関係のアルバムは3枚だけ…。だめだめなのです。そこにグッドなニュース。まぼろしだったアルバムの再発になるそうです!わーい。

詳しくは、アンテナにもあるLocus Solus公式HP内をご覧下さい。THIS HEAT情報はこちらです。もう絶対BOXで買いますね。ついでに、集められるチャールズ・ヘイワード関係は集めようかなぁ。ああ、それにしても貧しい。もっとサラリーが欲しい。

壊れながら、走り続けること、しかも、周囲も破壊しながら、同時に軽やかさ(ポップさ)において、何かを達成するのではなく、ただここを走り抜けること。いや、かっこいい。こういう人生がいい。しかも、何かをのろっているかのような反復まである。ああ、こういう人生がいい。

イラクでは、国民議会選がはじまりました。しかし、これでイラク国内の混乱は納まるのか。おそらく納まらないでしょう。イラク・ボディカウントを信じるならば、イラク戦争以後の民間人の死者は、最小で27383人、最大で30892人です。

構造計算偽装事件(4)/ POLE「3」

政府の被害者への支援策は、これはさすがにマスメディアも様々な形で指摘していますが、やはり首をひねるものがあります(関連記事)。政府としては、この問題の早期幕引きを図る上で、支援策を明確に打ち出すのが一番だったのではないか、一方で問題を「総研」「木村建設」「姉歯」「ヒューザー」などの固有名詞に限定することによって、構造計算偽装事件が広がるのを抑えようとしているのではないか、と感じます(証人喚問で「対決」するヒロイックなイメージの創出のために、固有名詞が必要というだけではなく)。しかし、確かに被害者の方々は大変だと思いますけれど、とはいえたとえば阪神淡路大震災で家を失い二重ローンになって苦しんでいる人は放置で、今回の被害者だけが救済される、というのはやはり不平等でいびつだと感じます。また、そうした「幕引き」は、結果的に、住の安全という大きなテーマを、ないがしろにしていく可能性を帯びています。

繰り返し、書いていますが、この問題は突き詰めていくと、政官業の癒着が根本原因のひとつじゃないの?市場原理主義・「小さな政府」ってほんとうにいいの?建築確認のような第三者期間まで「民」でいいの?天下りで、本質的にはすべてが縁戚関係の建築業界(検査機関含む)が、どうやって、自分たちの力で自浄できるの?てか、天下りなんて、やっぱり弊害が大きいのだから、全面禁止でいいでしょう?みたいな、国交省的にも政府的にもしたくない話に、どんどんなっていくのだと思うのですよね。

なんて話は、あえて書くまでもなく、ちょっとはてな巡りをするだけでも、いろいろなところで指摘されているのですけれどね。

さて、そんなわけで、構造計算のしっかりした音楽を、ということでPOLEの「3」をセレクトです。

3

3

ああ、気持ちいい。ダブでエレクトロでぷつぷつで奥行きがある…T4「Uberfahrt」とか、好きだなぁ。

構造計算偽装事件(3)/ ジェフ・ミルズ

BGM : Jeff Mills「Contact Special」

コンタクト・スペシャル

コンタクト・スペシャル

今日は、実は12/15なので、昨日(14日)の話なのですが、国会の証人喚問において、姉歯氏が証言をしました(関連記事)。

この人物は、許されない罪を背負い、テレビカメラの前に立ちます。罪をあがなう手段を彼はおそらくもっていません。ただただ謝罪するしか手だてはないでしょう。多くの人間の財産を奪い、人生設計を変えさせたことになります。しかし、犯罪者ではあっても、受け入れがたい狂気などにはほど遠く、むしろ(私たちが良く見知った)小心な怯えや弱さ、平凡さを感じさせます。そして平凡な存在が、完全に破滅して、テレビに映っている。

誰もがやっていることだから、これくらいは…という考えが、エスカレートし、暴走する。事件の本質は、姉歯氏=建築士にあるのではなく、建築業界全般(検査機関・国交省含む)の構造的な問題である、これはほぼ間違いないわけです。そこでは、馴れ合いの泥沼にぼーっと首まで沈んでしまった平凡な人々(周りも沈んでいるから、まあ、大丈夫だろう的な考えの穴に気づかない人々)が無数にいると言えるでしょう。

ここで気をつけないといけないのは、簡単な物語に還元されてしまう危険性です。さすがに姉歯氏だけに還元できないのはわかっている、といって、あの怪しげな総研なるコンサルタント会社に還元できるのかどうか。あいつが親玉だ、といってしまう危険性は、親玉を見つけたとたん、泥沼の構造的な問題を批判し、改良していく力が弱まるところにあります。

姉歯氏は、どこか不気味な存在です。それは平凡で、弱い存在にしか見えないからでしょう。それが悪をなした。しかし物語的にはもっと明確な悪がいないと、まとまらない。ヒューザーの小嶋氏はちょうど良さそうだ。総研の内村氏もちょうどよいだろう。イーホームズの藤田氏は、そうした物語の隙間を縫って生き抜こうという戦略のようです。マスメディアは、毎日のようにこの問題を報道しながら、面白い物語を、事件の周辺に作りつつあります。それは、マスメディアが、状況を隠蔽するのと近しい行為であると考えます。

姉歯氏の不気味さは、マスメディアの中で納まりが悪いと感じます。映像として、その納まりの悪さを、見つめることが大事だと思います。納まりがいいものなんて、たいていが嘘だとも思いますしね。

ジェフ・ミルズも、納まりの悪さをちゃんと感じさせてくれるミュージシャンです。しかし、その納まりの悪さの連鎖が、調和にも通じるというのは、私たちが、納まりの悪さすら回路に組み込みうる音へのセンスをもっているからです。それは、油断すればすぐに保守性への安易な回帰になるはずです。だから新しい、納まりの悪さが、いつでも必要になります。その期待に、ジェフ・ミルズのアルバムは、見事に応えていると思います。